バルカン半島旅行記

ヨーロッパのバルカン半島に旅行に行ってきたのでその様子を伝えていきます

聖エウフェミア教会(Church of St. Euphemia)

 

高台に建つ『聖エウフェミア教会』

 

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聖エウフェミア教会は6世紀に竜退治の聖ゲオルグを祀る聖ゲオルグ教会として建てられました。


その後、聖エウフェミアの石棺がこの教会に奉られ、それ以降聖エウファミア教会と呼ばれるようになりました。

 

 

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教会の中央には主祭壇があり、主祭壇には3人の聖人が祀られています。

 

 

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中央は騎士の守護聖人聖ゲオルギオス、左側はベネチア守護聖人聖マルコで、右側は巡礼で疫病を治療し、伝染病よけの守護聖人聖ロコです。

 

 

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中央右の祭壇には、教会の名ともなった聖エウフェミアの像がありました。

 

聖エウフェミアは、290年コンスタンチノープルの対岸のカルケドンという町で生まれ、ディオクレティアヌス帝の時代に迫害され、304年9月16日に鋸の刃をつけた車輪で轢かれ拷問された上に、円形闘技場でライオンの前に投げだされ噛み殺され殉教した少女だそうです。

 

 

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この像では右手に拷問に使われた刃のついた車輪を、左手に教会の建つロヴィニの街を持っています。

 

  

聖エウフェミアの祭壇の背後には、彼女の石棺が置かれています。

 

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聖エウフェミアの棺にはある伝説が残されています。


800年7月のある暗い嵐の夜、聖女の遺体を納めた石棺がコンスタンチノープルから忽然と消え、ロヴィニの沖合いに光のボートに載せられて現れたそうです。村人は何頭もの牛や馬を使って石棺を岸に引き揚げようと引き揚げようとしましたが、重すぎて引き揚げることができません。すると、どこからともなく少年が2頭の子牛とともに現れ、石棺を引き揚げたのです。力の弱い子牛がたった2頭で石棺を動かしたことに村人は驚き、これは神の成せる業、奇蹟だと考えの丘の上の聖ゲオルグ教会に納めました。


それ以来、この教会は聖エウフェミア教会と呼ばれるようになり、聖女エウフェミアはロヴィニの守護聖女となったということです。

 

 

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石棺の天井には美しい絵が描かれています。

 

 

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石棺の右側には伝説にまつわる絵が飾られていました。

 

エウフェミヤは処刑されてライオンの前に投げ出されたものの、ライオンは飢えて気がたっていたのに、彼女の周りをうろうろと回るだけで食べようとはしませんでした。そればかりか困惑した表情を浮かべそれ以上彼女に近づこうとしませんでした。この光景は観客を大変驚かせたそうです。

 

そしてこの絵はその場面を描いたもので、エウフェミアが今まさにライオンにかみ殺されようとしている情景です。

 

 

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絵画にステンドグラス越しの光が差し込んでいて、絵の天使から延びる光と同じで、神秘的な雰囲気でした。

 

 

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高さ63mの鐘楼の上には、聖エウフェミア像の風見鶏がついていて、漁民が風の吹く方向を知る手がかりとなり、ロヴィニの街を見守っています。

 

 

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